由 緒

葛城神社の由来 貞観元年(八五九)三月七日、高岡平松の地に鎮座。

応安三年(一三七〇)十二月七日現在の地に遷祀。

元禄十五年(一七〇二)六月改修の議が起こり亀岡藩松浦源右衛門宛八田神護寺、六村の庄屋連盟で社殿再建の願書を出し、翌十六年播州の大工の手により社殿再建、そして現在に至っている。

築後三百年経過したにも関わらず建立年代と大工名が判明している、丹波地区を代表する建築の一つである。 なお、丹波志には、南北朝時代に中畑城(山城)を築城した北道氏の産土神は葛城大明神とある。

本殿は杮葺き一間社流造(間口五・四m、奥行五・四m)。
境内には寛保二年(一七四二)延享五年(一七四八)明和九年(一七七二)に寄進された石灯籠、寛保二年(一七四二)に寄進された石造りの手洗いがある。
 

大鳥居の建て替え


大鳥居の建て替え大鳥居(両部鳥居)は古くから二十年毎に建て替えられてきた。
鳥居は地元(氏子)の山に育った赤松の大木と桧・栗材が献木されてきた。
山から栽培された大木(親柱・大貫)を氏子達が綯いあげた大縄で曳き宮の境内に持ち込む木曳の儀式は賑わった。
また竣工の奉告祭には曳山・御輿の煉込みがあり餅まきが盛大に行なわれたが用材の確保が困難であることから平成十六年に石の鳥居に建て替えられ昭和五十五年の建て替え行事(木曳)が最後となった。